シュー・シティは1949年、ボルチモアの家族経営靴小売業「アイリーン・シューズ」として創業した。1980年にシュー・シティへと改名し、メリーランド州、バージニア州、ワシントンD.C.を対象にスニーカーとストリートウェアの名門チェーンへと成長した。最盛期には、人通りの多い路面店、ショッピングモール、ストリップセンターなどに39店舗を展開。店舗、本社、倉庫合わせて394人を雇用していた。

2020年以降、シュー・シティの苦境は深まった。ストリートウェア事業に不可欠な限定スニーカーの供給を担っていた主要取引先が、同チェーンへの割当量を減らし始めたのである。営業損失は2020会計年度の28万ドルから2021年には176万ドルへと拡大。競合のアスリートフットの親会社であるアークリズ・グループによる買収計画は2022年5月に破談となった。同年、既存店売上高は850万ドル減少した。2023年までには、一部の取引先は前払い現金でのみ商品を出荷するようになっていた。

致命的一撃は、シュー・シティの最大取引先が契約を解除したことだった。最高再建責任者のスタンリー・マスティルは「事業を救う有効な選択肢がなく、74年の歴史を持つシュー・シティの遺産は終焉を迎えた」と記した。同社は2023年3月31日、無担保債務1600万ドルを抱えて連邦破産法第11章を申請し、ニューバランスに160万ドル、ティンバーランドに140万ドル、ナイキに66万5000ドルを負っていた。全39店舗は閉店セールを開始し、2023年5月までに閉鎖された。

同チェーンは無担保債務1600万ドルを抱えて連邦破産法第11章を申請し、ニューバランスに160万ドル、ティンバーランドに140万ドル、ナイキに66万5000ドルを負い、全39店舗を清算した。

取引先から限定商品の割当を得られないスニーカー小売業者は競争できない。主要サプライヤーが割当を削減し、その後関係を解除したことで、中核商品は消えた。

アークリズ・グループによる買収の失敗により、シュー・シティは必要としていた資本注入を得られなかった。売上減少、176万ドルの営業損失、取引先信用の縮小が重なり、選択肢は残されていなかった。

74年にわたる家族経営も、取引先との関係に依存するビジネスモデルを補うことはできなかった。関係が断たれた時点で、同チェーンには堀は残っていなかった。

スニーカー業界では、取引先からの割当こそが商品である。最大のサプライヤーに見放された時、74年の歴史と39店舗の立地は救いにはならない。

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出典

  1. Shoe City files for Chapter 11 bankruptcy — Retail Dive (Apr 2023) retaildive.com
  2. Running list of major retail bankruptcies — Retail Dive (includes Shoe City, Mar 2023) retaildive.com